古くから伝わる四字熟語やことわざ、名言には、先人たちの知恵が凝縮されています。国や時代背景、慣習が異なるにもかかわらず、先人の言葉が現代に生きる私たちの心に染み入るのは、古今東西変わることのない、人としての生き方や、心のあり方、人と人とを結ぶ絆の大切さを教えてくれるからでしょう。今回は、イギリスで起きた偶然の出来事を、ことわざと絡めて紹介したいと思います。
会うことが非常に難しく、めったに会えないこと。仏の教えに遇うことの難しさを喩えた、『涅槃経』の寓話による。「大海に棲息し、100年に一度だけ水面に浮かび出る亀は、波に浮かんでただよう浮木の、たった一つの穴に入ろうとするが、簡単には入れない」という意(『北本涅槃経-二』)。また、「盲亀も時に遇(あ)う」は、めったにない幸運に巡り合うという意味。
6月は日本では梅雨のシーズンですが、ヨーロッパでは1年中でもっとも雨が少ない月だそうです。一方、6月の英語名はJUNE。ローマ神話の結婚生活を司る女神、JUNO(ジュノー)にちなんでいると言われています。こうしたことなどから、欧米では「ジューン・ブライド」、すなわち、「6月の花嫁は幸せになれる」と伝えられてきました。
結婚を誓い合うと、その証として、男性から女性へエンゲージリングが贈られますよね。この習慣も欧米から日本に伝わったもので、男性が結婚相手の女性を永遠に保護するという、古代ローマ時代から行われてきた誓いの印だそうです。二人の愛の象徴とも言える婚約指輪を贈られる嬉しさは、21世紀の現代においても変わらないでしょう。
ところが、その大事な婚約指輪をうっかり紛失してしまった女性がいました。彼女はイギリスに住むブレンダ・ローソンさん。時は1961年、なくした場所はイングランド西北部のランカシャー地方の海岸です。必死になって探しても、どうしても見つからないので、あきらめるしか術がなかったそうです。
時は流れ、指輪を紛失してから18年が経とうとしていました。ちょうどその頃、彼女の夫、クリストファーさんは、遺産相続のために、消息が分からなくなっていた従兄弟を探し出しました。再会を喜んだ二人は、会えなかった時間を埋めるかのように、積もる話に花を咲かせました。そのうち、ふと、指輪をなくしたことが話題に上ります。
話を聞いた従兄弟は、「俺はその頃、あの海岸で指輪を拾ったよ」と答えます。クリストファーさんは、まさかと思いながらその指輪を調べたところ、なんと、妻のなくした指輪と判明! 指輪の裏の刻印は、依頼した宝石店が刻んだものに間違いありませんでした。
18年も消息不明だった従兄弟を探し出せたこと、さらに、その従兄弟が時を同じくしてランカシャーにいたこと、ブレンダさんの指輪を拾って保持していた確率は限りなくゼロに近く、まさに、 “盲亀の浮木”です。しかし、ブレンダさんの指には再び婚約指が輝きます。ローソン夫妻は長い時を経て、“盲亀も時に遇う”幸運な体験をしたのです。
ところで、「あきらめた瞬間に物事は叶う」とはよく言われますよね。ブレンダさんも、落とした指輪を探し回ることをあきらめています。その直後、従兄弟が指輪を拾い、最終的に自分の元に返ってきました。幸運に巡り合うためには、執着から自分を解き放ってあげることも必要なことなのかもしれませんね。
(構成・文/松岡宥羨子)
参考文献/『信じられない「偶然」のいたずら』(日本文芸社)