3月下旬を迎え、春の陽気が肌で感じられる今日この頃。待ちに待った花見シーンズンが到来しました。テレビニュースやインターネットでは、すでに開花予想も発表され、今シーズンはどの名所を訪ねようか、計画を練っている方も多いことでしょう。
桜開花予想は、現在では日本気象協会などの民間企業が独自で行っていますが、平成21年まで気象庁が開花予想を発表していました。昭和26年に関東地方でソメイヨシノを観測したのが始まりで、昭和30年以降は各地の気象台で標本木を対象に観測を行いました。標本木は、九州から北海道南部地方ではソメイヨシノ(東京では昭和41年より靖国神社境内の標本木で観測)、沖縄・奄美地方ではカンヒザクラ、北海道北部・東部ではエゾヤマザクラなどで、この標本木で予想を行っている企業もあります。
また、気象庁では標本木の花が5、6輪以上開くと開花、約8割咲くと満開としましたが、この観測基準を採用したのは日本気象協会やウェザーマップ社などで、ウェザーニューズ社では1輪以上を開花としています。つぼみ、咲き始め、五分咲き、七分咲き、満開、散り始め、葉桜など、詳細な開花情報を提供している企業もあり、きめ細やかなサービスを見ていると、花見に対する人々の関心の高さが感じられます。
ところで、日本には何種類の桜の木があると思いますか? 自生種と園芸種を合わせると、なんと300種類以上もあり、園芸品種の約80%がソメイヨシノだと言われています。ソメイヨシノは自生種のオオシマザクラとエドヒガンを交配させた園芸種と言われ、江戸末期に江戸染井村(現在の東京都豊島区)の植木職人によって作られ全国に広められました。日本各地にソメイヨシノが多く見られるのは、そういうわけなのです。
なお、桜の名所は日本に多数ありますが、海外で有名なのはやはり、アメリカ・ワシントンD.C.のポトマック河畔の桜並木でしょう。河畔を中心に毎シーズン盛大な「桜フェスティバル」が開かれ、大勢の人々がパレードやコンサートなどを楽しんでいます。
この桜並木誕生のきっかけを作ったのは、明治42年に来日したアメリカの作家、エリザ・シドモアで、「日本の桜をポトマック公園に植樹したい」とタフト大統領夫人に提案。結果、日米友好を目的として明治45年、日本(東京市)から3,000本の苗木が贈られたのです(明治42年に寄贈した2,000本の苗木は病害虫に遭い処分された)。
アメリカ以外でも桜の寄贈を求める国は多く、今も日本の桜が海を渡ってたくさんの花を咲かせています。けれどもブラジルを除いて日本のような花見を行う国はありません。花見は日本の気候風土や美意識から生まれたオリジナル・イベントなのです。
平安時代の貴族は、桜の花を観賞し歌を詠む宴を開いていました。一方、農民の間では古くから、花の咲き始める頃に酒や食物を持って山や丘へ登り、田の神を迎え入れ、豊作を祈る儀礼を行っていました。時代が下るにつれて、花見は儀式や儀礼から離れ、花見そのものを楽しむ文化が生まれます。それが大衆化したのは江戸時代中期以降。徳川吉宗(1684~1751年)の行った桜植樹の政策と、江戸庶民の気質が合わさって、現代のような娯楽要素の強い花見が生まれたのではないかと考えられています。
春の訪れを告げる花、桜……。春はスタートの季節であり、希望を胸に抱いて新しいステージに立つ人も多いはず。今年も桜の木の下でたくさんの笑顔が咲くことでしょう。
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