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心を包む風呂敷 ~ 現代に受け継がれた日本の粋 〜

 あなたは風呂敷を使っていらっしゃいますか? 年末・年始を迎えると、着物を着られる方も増えて、風呂敷を使う機会も増えるでしょう。ふだんはあまり使うことがないかもしれませんが、生活の中でさまざまな使い方ができるので、とても重宝するアイテムです。また、贈り物を包むときは気持ちを込められますし、頂き物にもいっそうの心遣いが感じられるものです。

 大事に風呂敷に包みこんだお届け物を手にして、訪問先の玄関口に立つときは身が引き締まる思いがします。反対に、お客さまをお迎えしたときに、お手元の風呂敷包みを拝見しますと、たった1枚の布が、こうも美しく物を着飾れるのかと感心します。その方の真心も頂いた気がしますよね。 

 

 ところで風呂敷の包み方には、右包み(慶事)と左包み(弔事)があることをご存知ですか?

まず、布地の表側を裏にして菱形に広げ、中央にのし袋などを置いたら、「右包み」は最初に左側を折りたたみます。そして天(上側)、地(下側)の順に折りたたんだら最後に右側を折りたたみ、はみ出した部分を内側に折り込みます。「左包み」はその逆で、右→地→天→左の順番になります。

 

 このような包みの作法は、奈良時代の元正天皇の治世、719(養老3)年2月3日に発布され、正倉院にも、舞楽衣裳を包んだ「迦楼羅裹(かるらつつみ)」などが所蔵されていると言います。包みものや、包みの作法は、およそ1300年前の慣習が現代に受け継がれてきたものだったのですね。

 平安時代や鎌倉時代の古文書によれば、包みものを「平包み」と呼んだそうですが、「風呂敷」という名前がついたのは、いつからでしょうか。

 

 ルーツは室町時代にありました。記録によれば、将軍・足利義満が、現代のサウナ(蒸し風呂)にあたる、大湯殿(おおゆどの)を建て、側に仕える大勢の大名を風呂に入れてもてなしたところ、各々、他人の衣服と取り違えないよう、脱いだ衣服を家紋入りの絹布に包みました。そして風呂からあがると布を広げ、その上で身づくろいをしたということです。また、当時は蒸気浴でしたから、蒸気をこもらせて室内温度を一定にするために、床にスノコやムシロ、布などを敷いていました。

 

 いずれも風呂場で敷いた布ですから風呂の敷きものであり、それが風呂敷の由来のようです。ちなみに当時の風呂は社交儀礼の場で、浴衣のような着物に着替えて入り、浴後には茶の湯や酒宴が催されました。一方、体を湯に浸して入る湯屋は奈良時代から存在していたそうですが、現代のような銭湯が登場したのは江戸時代。人々が手ぬぐいや浴衣などを包んだ布が「風呂敷包み」と広く呼ばれるようになり、やがて物を包む布のことを「風呂敷」と呼ぶようになったということです。

 

 こうして風呂敷は「ものを大切に包む」という文化と共に、暮らしの中に浸透していったのです。

 今では風呂敷の包み方も、平包み、ワイン包み、合わせ包み、二つ包みのほかバリエーションも増え、デザインや素材も豊富です。素材は伝統的な綿や絹、レーヨン、ポリエステルなどがあり、使う楽しみも広がります。また、いろいろな大きさがあって、用途に応じて選べるのも便利です。大きさは、縦より横が若干短く、横の長さが基準になります。一般的には約68㎝ですが、小さなものは約45cmで、のし袋などを包みます。最大では約238cmあり、布団が包める大きさです。

 

 このように、物の大きさに合う風呂敷を選ぶと、良いあんばいに包めるわけですが、ここで、ある諺が思い浮かびました。大風呂敷きを広げる……大きな風呂敷を広げても中に包む大きさの物がないことから、実現不可能なほらを吹いたり、大げさなことを言ったり計画したりすること……。最近、偽装問題が多く、日本のものづくりに対する信頼を失いかねない状況があって残念に思います。風呂敷のように、昔も今も変わらず、愛されるものを作り続ける日本であってほしいですね。

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